私は、18歳〜22歳まで自衛隊に入隊し、さまざまな訓練を受けてきました。
その時の経験を買われ、企業研修を開催している会社に採用されました。
そして野外で行う行動学習(クロス・フィールド・プログラム)のインストラクターをしていました。
を退官し、その後に入った企業研修の会社に入社1983年11月に3年目25歳の時に、第1回ダイナミック・クルーズ洋上大学というイベントのスタッフとして抜擢されました。
その時、昭和薬科大学の楠木先生という、ヨガと心理学が専門の先生の事務局としてサポートしました。
その時に、ダイニックという一部上場企業の社長がそのクラスに参加していました。
楠木先生が、誘導瞑想をする中で、その社長が幼少期の記憶を思い出し、今自分が会社を創業した大元がお祖母ちゃんに言われた一言がキッカケだったことを思い出し、涙を流したエピソードがありました。
38年前のその当時は、今のようなセラピー的なものはほとんど知られておらず、私はビックリしました。
そして、人が根本から変容する為には、一過性の興奮ではなく、潜在意識や身体レベルまで働きかける必要を感じました。
それがキッカケとなって、自己啓発セミナーやボディワークに巡り合いました。
その時のボディワークの先生がキネシオロジーと様ざまなセラピーを統合した身体心理療法学院というのを開校する事になり、私は、その第1期生として参加することになりました。
その時の洋上大学にスタッフとして乗船してなかったら、ブレイン・アップデートは無かったといえます。